脈を診てもらう
2018.10.05
こんにちは、木龍です。
今日は東洋医学の経典の一つ「難経八十一難」の第一難を書いてみます。
一難曰、十二経皆有動脉、獨取寸口以決五臓六腑死生吉凶之法何謂也。
然寸口者脉之大會、手太陰之脉動也。人一呼脉行三寸、一吸脉行三寸、呼吸定息脉行六寸。人一日一夜凡一万三千五百息、脉行五十度、周於身、漏水下百刻、営衛行陽二十五度行陰亦二十五度、為一周也。故五十度復會手太陰寸口者、五臓六腑之所終始、故法取於寸口也。
【大義】
脈動は体中どこでも感じられるのに、なぜ手首の脈動でその病人の生き死にや病後の良し悪しが判定できるのか?
という問いに対して、手首の脈(橈骨動脈)は、手の太陰肺経という肺のエネルギーを診る所。
脈動は呼吸により生じ、また脈動はここから始まり全身を巡って、ここに終わる。その為に五臓六腑の状態がよく現れていて、病人の生死吉凶が判定できる。と、
問答形式の文章です。
脈診とは、脈が各臓腑の隅々までしっかりと行き届いているか、必要なエネルギーを五臓六腑に供給できているかを判定する事と理解します。
脈診とは、脈が各臓腑の隅々までしっかりと行き届いているか、必要なエネルギーを五臓六腑に供給できているかを判定する事と理解します。
今のように画像診断が無く、血液検査も無く、科学的根拠はどこにも無い…
しかし、この脈診が人の生死吉凶を判定し治療方針の決定をし、多くの人の健康を護ってきたという事実が、二千年経っても変わらずに『脈診』が存在する理由なのです。
二千年も前の鍼灸・漢方医の先生方の努力の結晶、『脈診』で今日の患者様のカラダを診る。
本当に畏敬の念が起こります。それに何というか不思議です(笑)このような文章に触れる度に、昔の人は何を食べて何を考えて、どんな体つきで、頭の造りどうなっとうとかな?って思ってしまいます。
鍼灸治療は、本当に素晴らしい医学であると感じます。
またいつものようにダラダラ長く書き過ぎて、日本語が怪しくなってきたので、もう終わります(笑)
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。